福岡高等裁判所 昭和41年(ネ)835号 判決 1972年7月20日
控訴人 山田秋義
右訴訟代理人弁護士 本田正敏
控訴人(亡千野三二郎 訴訟承継人) 千野徹治
右訴訟代理人弁護士 青山友親
被控訴人 山田正俊
右訴訟代理人弁護士 水崎幸蔵
主文
一、原判決を取り消す。
二、被控訴人の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人ら各代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一、≪証拠省略≫を総合すると、次のような各事実を認めることができる。
(一) 福岡県京都郡犀川町大字上伊艮原字原浦三二〇番地山林五六町一反一一歩(五五六・三五〇平方メートル)の本件山林に生立していた本件松立木(推定四、〇〇〇石)は、もと控訴人秋義の所有であったところ、同控訴人は、昭和四〇年七月一五日、これを訴外磯海に代金二五〇万円で売り渡してその引渡しをし(以上の事実は被控訴人と控訴人秋義との間においては争いがない。)、訴外磯海は即日控訴人秋義に対し、右代金内金として五〇万円を支払い(右五〇万円支払いの事実は被控訴人と控訴人秋義との間においては争いがない。)、同時に残金二〇〇万円の支払方法として額面各一〇〇万円宛の約束手形二通(支払期日は同年一〇月五日、同年一一月五日)を振出交付したこと。
(二) 訴外磯海は、独力ではとうてい右売買代金および伐採搬出費用を支払う能力がなかったので、訴外光安夘三郎の仲介により、福岡市で冷暖房工事業を営む被控訴人から右資金の援助を仰ぎ、最初、右伐採搬出は右三名の共同事業として発足し、同年八月から中川政吉、宮尾一彦らに依頼してその伐採搬出を開始したが、やがて、訴外磯海は右資金調達のため高利で借りうけていた金員の返済にも追われて、同人自身右事業継続が困難となったので、以後、被控訴人が訴外磯海から本件松立木の譲渡をうけたうえ、単独でその伐採搬出を継続することとし、同年八月一〇日、被控訴人は、訴外磯海から同訴外人が控訴人秋義から買いうけていた本件松立木(すでに伐採された分も含む。)を代金二九〇万円で買いうけてその引渡しをうけ、引き続き前記中川政吉らに依頼して、その伐採搬出を継続したが、右伐採搬出は別に物的設備を設けず、もっぱら馬に曳かせて伐採木を土場まで搬出したこと、そして被控訴人は訴外磯海に対し同年一一月六日ごろまでに、すでに出資金として交付した分も含めて合計一九五万円を右代金内金として支払ったこと。
(三) ところが、訴外磯海は、控訴人秋義に対し、同人ら間の前記売買契約の代金として前記内金五〇万円を含む合計一三〇万円を支払ったのみで残金一二〇万円の支払いをせず、前記約束手形二通も不渡となったうえ、訴外磯海自身右残金支払いの見込みが全くつかなかったため、控訴人秋義および訴外磯海は、同年一一月二八日、同人ら間の前示売買契約を合意解除し、訴外磯海において支払いずみであった前示一三〇万円は、同訴外人および被控訴人がそれまでに搬出していた松素材約三〇〇石に対する損害金などと相殺して一切が清算されたこと。
(四) そこで控訴人秋義は、同月一〇日、製材業を営む亡三二郎に本件松立木ならびに訴外磯海および被控訴人がすでに伐採して搬出未了となっていた伐採木(当時右松立木および伐採木の全量は約二〇〇〇石と見込まれたが、伐採木の正確な見積りが困難であったので、その全量の正確な石数は不明であり、殊に右伐採木がどれくらい残存していたかその正確な石数は不明である。)を、犀川町伊良原道路トラック積み土場渡し一石当り二、六〇〇円による松素材売買として売り渡し(右松素材売買契約成立の事実は被控訴人と控訴人千野との間では争いがない。)、前記のとおりその全量の正確な石数が見積り困難の状態にあったので、買受人である亡三二郎は、右土場まで搬出された松素材を検収のうえ引渡しをうけることとし、したがって本件松立木の伐採および伐採木の右土場までの搬出はすべて売渡人控訴人秋義の責任とされたが、同控訴人の資金繰りの都合上、右伐採および搬出費用(土場使用料、人夫賃など)は亡三二郎が前渡金名義で一時これを立て替え、代金支払の際これを代金から差し引いて清算することとしたこと。
(五) そして、控訴人秋義は直ちに友田秀雄ら多数の人夫を入山させて伐採搬出をはじめたため、訴外磯海との間の前示売買契約にもとづき本件松立木(伐採木を含む。)に対する所有権を主張する被控訴人との間に悶着を生じ、控訴人秋義が右土場まで搬出した松素材を被控訴人が積み出すということがあったので(なお、当時被控訴人側は人夫賃の支払いが円滑でなかったため、伐採搬出は一時中断されていた。)、控訴人秋義は吉田安弁護士に依頼して、単独で福岡地方裁判所行橋支部に被控訴人および訴外磯海に対する本件松立木伐採搬出禁止の仮処分を申請し、同月二三日その旨の仮処分決定を得てその執行をしたこと(右仮処分決定およびその執行の事実は被控訴人と控訴人秋義との間においては争いがない。)。
(六) そこで、被控訴人は本件山林から一切引揚げて右紛争の解決を待っていた(控訴人秋義より別途本案訴訟が提起されたのでこれに応訴して)ところ、昭和四一年三月初ごろに至り、控訴人秋義が右仮処分執行後も本件松立木の伐採搬出を続けてその伐採を完了したことを知るとともに、更に亡三二郎が土場から自家用トラックで右松素材を積み出していることもはじめて判ったので、直ちに控訴人秋義の依頼により伐採木の搬出をしていた前記友田秀雄および亡三二郎の使用人で右松素材の検収積出しにあたっていた飯野才市に対し抗議したが、同人らは右作業を中止しなかったので、同月三一日、福岡地方裁判所に申請し、控訴人秋義に対する伐採木の搬出禁止および執行吏保管の仮処分決定を得てその執行をしたこと、そのため、同控訴人は、伐採木の一部を未搬出のまま本件山林に残した段階で搬出を中止し、右残存伐採木はその後執行吏保管として本件山林に放置されて腐触しはじめ、近づく梅雨を控えて価格の下落が予想されたので、被控訴人の申請による同裁判所の換価命令により競売に付され、訴外緒方酉夫が同年八月三一日右伐採木(五〇六本、八〇二石)を一〇万円で競落したこと。
以上のような各事実を認めることができる。
控訴人らは、被控訴人は本件松立木の買受人ではなく、訴外磯海の出資者かせいぜい共同事業者に過ぎなかった旨主張し、なるほど≪証拠省略≫には、前認定の被控訴人と訴外磯海との間に売買契約が成立した昭和四〇年八月一〇日よりも後である同年一一月五日に訴外磯海が福岡市木材協同組合の木材市場に松素材を出荷した旨の記載があり、更に≪証拠省略≫によると右仕切関係書類は本件松立木を伐採搬出し松素材として右市場に出荷した際に作成された同市場の仕切関係書類であることがうかがわれるから、右仕切関係書類の存在は前認定の被控訴人と訴外磯海との間に成立した昭和四〇年八月一〇日付の本件松立木売買と一見矛盾する観があるが、しかしながら、更に≪証拠省略≫によると、被控訴人は訴外磯海から本件松立木を買いうけ単独で伐採搬出をするようになったが、当時右伐採搬出費用等の資金繰に苦しみ、搬出した松素材を至急換金する必要にせまられた結果、被控訴人のため右伐採搬出の交渉にあたり木材業者とも関係を持っていた訴外磯海に依頼して右松素材の一部を処分してもらった関係上、その際作成された前示仕切関係書類には出荷者として同訴外人の名前が記載されたものであることがうかがわれるから、右仕切関係書類をもって被控訴人と訴外磯海との間の前示売買契約を否定すべき資料とするに足りない。
また、≪証拠省略≫(誓約証)には、控訴人秋義と訴外磯海との間で前示合意解除がなされた昭和四〇年一一月二八日当時被控訴人は訴外磯海に対する出資者であった旨の記載があり、更に≪証拠省略≫によれば、右誓約証は前示合意解除の際、訴外磯海が同控訴人に差し入れたものであることがうかがわれるのであるが、右誓約証中の右記載部分は≪証拠省略≫にてらして措信することができない。
次に、被控訴人は、昭和四〇年一一月下旬ごろ、控訴人秋義から被控訴人の伐採搬出について苦情が出たので、被控訴人が同控訴人に対し訴外磯海との間の売買契約成立の事実を説明した際、同控訴人から示された同控訴人と訴外磯海との間の合意解約証にはその宛名人として松本道雄の名前が表示されていたのに、同控訴人が本訴において提出した合意解約証(丙第二号証)にはその宛名人として同控訴人の名前が表示されているから、右合意解約証は後で日付を遡らせて作成された疑いが充分である点および甲第一号証(別件として控訴人秋義が提起した本案訴訟における訴外磯海の答弁書)において訴外磯海は控訴人秋義との間の合意解除の事実を否認している点などにてらすと、前示合意解除は真実なされたものとは認められないと主張する。
しかしながら、被控訴人秋義提出の本件山林売渡解約証(丙第二号証)が被控訴人主張のごとく内容虚偽のものであることを認めるに足る証拠はないのみならず、≪証拠省略≫によれば、被控訴人主張の松本道雄は控訴人秋義の代理人として本件松立木を管理していたものであり、訴外磯海も、控訴人秋義から買いうけた本件松立木の代金(支払手形の振出交付も含む。)を同人に交付した事実をうかがうことができるから、仮りに被控訴人が控訴人秋義から別の機会に見せられた合意解約証の宛名人が右松本道雄となっていたとしても、それは本件の場合他に特段の事情なきかぎり控訴人秋義の代理人である松本道雄に宛てたものとも解せられるから、右事実をもって本件合意解除の事実を否定すべき資料ともなしがたい。また≪証拠省略≫によれば、控訴人秋義は、昭和四一年一月一八日、福岡地方裁判所行橋支部に対し、被控訴人および訴外磯海を共同被告として、前記仮処分決定の本案にあたる訴訟事件を提起しその請求原因において同控訴人と訴外磯海との間の売買契約は合意解除により消滅した旨主張したのに対し、訴外磯海から提出された答弁書(甲第一〇号証)には右合意解除の事実は否認する旨の記載がなされていることが認められるが、甲第一〇号証の右記載部分は≪証拠省略≫にてらすと、とうてい措信しがたいところである。
≪証拠判断省略≫
二、そこでまず、控訴人秋義に対する請求の当否について以下判断する。
(一) 以上の事実関係によれば、控訴人秋義は、昭和四〇年七月一五日その所有する本件松立木を訴外磯海に売り渡し、同訴外人は更に同年八月一〇日これを被控訴人に転売してそれぞれ所有権が移転したところ、同年一一月二八日、控訴人秋義および訴外磯海は同人ら間の右売買契約を合意解除し、更にその後、控訴人秋義は、同年一二月一〇日、亡三二郎に対し、被控訴人および訴外磯海がすでに伐採した分を含めて本件松立木を土場まで搬出したうえ松素材として売り渡したことが明らかである。そして、控訴人秋義と訴外磯海との間でなされた右合意解除は特段の合意がないかぎり、契約の時に遡って効力を有する趣旨のものであったというべきであるから、右合意解除により本件松立木の所有権は当然売主である控訴人秋義に復帰したものと認めるのを相当とし、更に前示認定事実によれば、控訴人秋義と訴外磯海との間の右合意解除がなされる以前に、被控訴人はすでに訴外磯海との間に売買契約を結んで本件松立木の所有権を取得していたものであるから、被控訴人は右合意解除の遡及効を受ける第三者に該当することも明らかである。
(二) ところで、合意解除が契約の時に遡って効力を有する趣旨のものであるときは、民法五四五条一項但書に明定される法定ないし約定による契約解除の場合と別異に考うべきなんらの理由もないから、右合意解除についても第三者の権利を害することを得ないものと解するを相当とするが、しかしながら、右いずれの場合においてもその第三者が不動産物権を取得した場合は、その物権取得について有効な対抗要件が具備されていることを必要とするものであり、もし右対抗要件を具備していないときは第三者として保証するを得ないものと解すべきである。けだし、右第三者を民法一七七条にいわゆる第三者の範囲から除外し、これを特に別異に遇すべきなんらの理由もないからである(最高裁判所昭和三一年(オ)第三二号同三三年六月一四日第一小法廷判決、民集一二巻九号一、四四九頁参照)。したがって、本件の場合、被控訴人主張の本件不法行為の成否を決するには、結局のところ、被控訴人および控訴人秋義がそれぞれ取得した本件松立木所有権の優劣を民法一七七条により律することが必要であるところ、本件松立木(なお伐採木の点については後で説明する。)が「立木に関する法律」の適用をうけるものであることについては、なんらの主張および立証がないから、本件松立木は右法律の適用をうけない立木であるといわざるをえないが、本件松立木に対する所有権について、それぞれ所有権を取得した被控訴人および控訴人秋義において、その立木所有権を公示するいわゆる明認方法を施したことについては、これを肯認すべき証拠はない。
尤も、この点につき、被控訴人は、昭和四〇年八月一〇日、本件松立木買受直後本件山林の麓にある緒方重臣方に伐採搬出事務所を設けて従業員を常駐せしめ、かつ犀川村住民数名との間に伐採搬出等の契約をなし、同人らは連日入山して伐採ならびに山出し(伐採現場からトラック積場まで車馬などで伐採を搬出すること)の仕事に従事していて、何人も松立木が被控訴人の所有であることを知り得べき状態を現出していたので、たとえ、具体的に被控訴人所有の表示を施さなくとも明認方法を講じたことになる旨、控訴人らは、昭和四〇年一二月二三日、被控訴人に対し、本件松立木伐採搬出禁止仮処分決定を得てこれを執行し、本件山林内にその公示札を立てたからこれにより明認方法を講じたものである旨主張する。
しかしながら、前認定(一(二))のごとく、被控訴人は本件松立木の伐採搬出にあたっては別に物的設備は設けず、伐採木の搬出はもっぱら馬を利用したに過ぎず、本件全立証によっても、特にその所有権取得を少なくとも控訴人秋義がその所有権を回復した時までに一般第三者に容易に認識させるにたる継続的な物的設備その他相当な手段方法を講じた事実を認めるべき証拠は少しもなく、また、控訴人秋義主張の仮処分決定の公示は、前認定のごとく、被控訴人に対する本件山林への立入りならびに本件松立木の伐採搬出を禁止する該仮処分決定の趣旨を執行吏において公示しただけのものであり、それじたい本件松立木が取得者である控訴人秋義に属することを示す公示方法となすにたらないものと解すべきであるから(大審院昭和一二年(オ)第一、一三四号同一二年一〇月三〇日民四部判決、民集一六巻二二号一、五六五頁参照)、いずれにしても、被控訴人および控訴人らの前記各主張は失当である、といわねばならない。
してみれば、本件の場合、右各当事者は、たとえその所有権を取得していても相互にその所有権を相手方に主張しえないものであることが明らかであるから(その意味において右各所有権は完全な所有権とはいえないものである。)、被控訴人もその所有権をもって控訴人秋義に対抗することはできず、したがって、同控訴人に対抗しうる本件松立木所有権の存在を前提とする被控訴人の右松立木に関する請求は、すでにこの点において失当である。
なお、控訴人秋義が合意解除により本件松立木所有権を回復した当時、その以前において本件松立木はすでに被控訴人および訴外磯海によりその一部を伐採され、その伐採木の一部は搬出されていたがなお相当量の伐採木が本件山林に残存していたので、控訴人秋義は、右残存伐採木を含めて本件松立木を亡三二郎に松素材売買として売り渡したものであること、本件松立木は立木法の適用をうけないものであるところ、被控訴人は控訴人秋義が右所有権を回復するまで本件松立木に対しその所有権を表示する明認方法を施さなかったことは前認定のとおりである。そして、右事実関係によれば、たとえ、被控訴人において、右伐採木が立木であった当時、これに明認方法を施さなかったとしても、右立木当時控訴人秋義はまだその明認方法の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者ではなかったことが明らかであるから、被控訴人は右伐採により動産となった右伐採木の所有権をもって控訴人秋義に対抗しうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三一年(オ)第七八二号同三七年六月二二日第二小法廷判決民集一六巻七号一、三七四頁参照)。
以上によれば、被控訴人は控訴人秋義に対し本件松立木中すでに伐採して伐採木となった分についてはその所有権を主張しうるものというべきであるが、本件全立証によっても、被控訴人が控訴人秋義および亡三二郎によって搬出を妨害されるとともにその所有権を侵害されたと主張する被控訴人および訴外磯海じしんが伐採した右伐採木の数量を確認すべき証拠はない(ちなみに右伐採木の数量に対する見積りが困難であるため亡三二郎は控訴人秋義から右伐採木を含む本件松立木を土場検収による松素材売買として買いうけたものであることは前記認定のとおりである。)。したがって右伐採木に関する本訴請求もその損害額を確定するに由ないものであるから、爾余の点について触れるまでもなく失当である。
(三) 被控訴人は本件の場合、本件松立木所有権取得を主張するについて、対抗要件の具備は必要でないと、主張するので、以下その主張について順次検討することとする。
(1) まず、本件のごとく、本件松立木の所有権が順次控訴人秋義から訴外磯海、次いで被控訴人に移転された場合、当初の売主である控訴人秋義は買主である訴外磯海と転買人である被控訴人間の売買における転買人の対抗要件欠缺を主張してもなんらの利益もないから、その対抗要件欠缺を主張することができないし、また不動産登記法五条の法意あるいは信義則の法理からするも、対抗要件の具備に協力すべき売主である控訴人秋義が、その責務を果さず、かえって対抗要件の欠缺を主張することは許されないことであると主張する。しかしながら、右前段の主張は、物件所有権が文字どおり売主・買主・転買人と順次移転した場合の問題であり、本件のごとく売主が転買人にあたる場合には妥当しないのみならず、本件の場合、対抗要件を具備しない被控訴人は合意解除にあたり保護すべき第三者にあたらず、控訴人秋義はその対抗要件欠缺を主張する正当な利益を有することは、前説示のとおりであり、また本件明認方法のごときはなにも控訴人秋義の協力なくとも被控訴人においてこれを施そうとすれば、いつでも可能であることは言うまでもないことであるから、前記主張はいずれも採用できない。
(2) 控訴人秋義は本件合意解除の際、背信的悪意者であったから、前買主(被控訴人)の対抗要件欠缺を主張する正当理由がないと主張する。しかしながら、本件では、右合意解除の際、すでに被控訴人が本件松立木の所有権を取得し、その所有権にもとづいてその伐採搬出をしていたことを控訴人秋義が知悉していたことを認めるにたる証拠はないのみならず、仮りに同控訴人が悪意であったとしても、右事実のみをもってはまた背信的悪意者となすにたりないから、右主張も採用できない。
(3) 控訴人秋義も本件松立木所有権取得について対抗要件を具備していないから、被控訴人に対し対抗要件欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者にあたらない旨主張する。しかしながら、本件当事者がいずれも本件松立木所有権について有効な対抗要件を具備していないことはすでに認定したとおりである以上、右各当事者はいずれも自己の所有権を相手方に主張できないか、相手方よりの所有権の主張に対してはその対抗要件欠缺を主張しうること民法一七七条の法意に徴し明らかであるから、右主張も採用できない。
(4) 合意解除は法定の契約解除とことなり遡及的に契約の効力を消滅させるという債権契約にすぎないから、所有権がすでに買主に属せず第三者に移転している場合は他人物の売買と同様、たとえ第三者が対抗要件を具備していない場合でも合意解除のみにより当然第三者の所有権が解除者に移転することはない旨主張する。しかし、前説示のとおり、本件合意解除は、特段の合意が認められないかぎり、その対象となった契約から生じた法律効果はすべて契約時に遡って消滅する趣旨のものであると解されるから、これにより当然契約なかりし状態に回復し、解除者である控訴人秋義にその物権が復帰したものというべきであり、合意解除の効果を被控訴人主張のごとく解すべき理由はない。ただ右合意解除の効力は第三者に及ばないことを原則とし、したがって、右合意解除前すでに有効に物権を取得した第三者である被控訴人は右合意解除によりその物権を失うことはなく、その限りにおいて控訴人秋義に復帰した物権と相対立する関係となるので、民法一七七条によりその優劣を決する以外にないことは前説示のとおりであるから、右主張も採用できない。
(四) 以上のとおりであるから、控訴人秋義に対する本訴請求は、爾余の点について触れるまでもなく理由がない。
三、進んで控訴人千野に対する訴求の当否について以下判断する。
被控訴人は亡三二郎は控訴人秋義と共謀し、同控訴人名義で福岡地方裁判所行橋支部に被控訴人に対する本件山林立入禁止ならびに本件松立木伐採搬出禁止の仮処分の申請をし、その決定を得たうえその執行をして被控訴人の右松立木伐採搬出を妨害した旨主張し、控訴人秋義が被控訴人主張の右仮処分の申請をしその決定を得て執行をしたことは前認定のとおりであるが、本件全立証によっても亡三二郎が控訴人秋義に共謀加担して右仮処分の申請をしその決定を得て執行に及んだ事実を肯認すべき証拠はなにもないから、被控訴人の右主張は失当である。
次に被控訴人は亡三二郎は控訴人秋義と共同して被控訴人所有の本件松立木を伐採搬出してその所有権を侵害した旨主張する。しかし、控訴人秋義が、訴外磯海との間の本件松立木売買契約を合意解除したのち、本件松立木(すでに被控訴人および訴外磯海において伐採していた分も含めて)を、土場渡しによる松素材売買として亡三二郎に売り渡し、右松立木の伐採ならびに伐採木の土場までの搬出はすべて売渡人である控訴人秋義の責任とし、亡三二郎はただ控訴人秋義が土場まで搬出して来たその松素材を、同土場において検収のうえその引渡をうけることとしたが、控訴人秋義の資金繰りの都合上本来同控訴人が負担すべき伐採搬出費用(土場借上料、人夫賃など)を亡三二郎が前渡金名義で一時これを立て替え、後日代金授受の際これを代金から差し引いて清算する旨あわせ約定し、右約定にもとづいて控訴人秋義は自己が依頼した友田秀雄ら多数の人夫を入山させてその伐採搬出に着手し、亡三二郎は土場まで搬出された松素材を同所において検収のうえ引渡をうけたことは前認定のとおりであり、更に≪証拠省略≫によれば、亡三二郎は、前記約定にもとづく前渡金として現金一五〇万円位を控訴人秋義に交付し、また本件伐採木の集積搬出に必要な土場の借上が遅延していたため、その搬出方を促進するべく、亡三二郎は前記友田秀雄とともに右土場の所有権原田彦太郎に直接交渉して最終的にその貸与方を承諾させ、あるいは右伐採木の搬出に必要な鉄索や機械類を控訴人秋義に無償で貸与し、あるいは現場で働く控訴人秋義の人夫に対し「迷惑はかけないからしっかりやってくれ」と激励したことが認められるのであり、以上の各事実によると、亡三二郎は本件松素材の買受人として土場で検収のうえこれが引渡をうけるだけであり、控訴人秋義と共同して直接本件松立木の伐採搬出を行なったことはないが(被控訴人が申請した前記搬出禁止仮処分の相手方は控訴人秋義のみであったこと前認定のとおりである。)、控訴人秋義が行なうその伐採搬出を促進させるため事実上これを援助(幇助)したことをうかがうにかたくない。
しかしながら本件松立木の所有権については被控訴人と控訴人秋義とは相対立する二重譲受人の法律関係に立つものでありその間の優劣は結局民法一七七条により律するほかなく、したがって右各当事者がその取得した所有権をもって相手方に対抗するにはその所有権取得を公示する有効な対抗要件を具備することを要するものであるところ、右各当事者はいずれもその対抗要件を具備していないものであるから、被控訴人はその所有権をもって控訴人秋義に対抗できず、したがって、被控訴人は控訴人秋義に対し、同控訴人に対抗しうる松立木所有権を主張して不法行為上の責任を追及するに由ないことは前説示のとおりであるから、前示のごとく控訴人秋義の本件松立木の伐採搬出について単なる補助(幇助)者にすぎなかった亡三二郎に対しても共同ないし単独の不法行為責任を追及するに由なく、たとえ亡三二郎が被控訴人に対し、対抗要件欠缺を主張する正当理由を有しない第三者にあたるとしても、右結論を異にしないというべきである。したがって被控訴人の右主張も失当である。
なお控訴人秋義が合意解除により本件松立木所有権を回復した当時、その以前において、本件松立木はすでに被控訴人および訴外磯海において一部を伐採され、その伐採木の一部が未搬出のままなお相当量本件山林に残存していたので、控訴人秋義は、右残存伐採木を含めて本件松立木を亡三二郎に松素材売買として売り渡したものであり、本件松立木は立木法の適用をうけないものであるところ、被控訴人は控訴人秋義が合意解除によりその所有権を回復した当時まで本件松立木に対しその所有権を表示する有効な明認方法を施さなかったものであるから、たとえ被控訴人において右伐採木が立木であった当時、これに明認方法を施さなかったとしても、右立木当時控訴人秋義はまだその明認方法欠缺を主張する正当な利益を有する第三者ではなかったことに帰し、したがって被控訴人は右伐採により動産となった右伐採木についてはその所有権をもって控訴人秋義に対抗できることは前に認定および判断したとおりである(この意味において、控訴人秋義が右合意解除によりその所有権を回復し、被控訴人に対し明認方法欠缺を主張する正当な利益を有するに至った後に伐採した伐採木については、被控訴人はその所有権をもって対抗できず、したがって右伐採木を動産たる松素材として買いうけた亡三二郎に対してもその所有権を主張することはできないこと勿論である。)。したがって被控訴人は、その伐採木に対してはその所有権を控訴人秋義および同控訴人からこれを買いうけた亡三二郎に主張しうる余地があるが、本件においては右伐採木の数量を確認できる証拠はない(その数量が確認できないため亡三二郎は控訴人秋義から右伐採木を含め本件松立木を土場渡しの松素材売買として買いうけたことは前認定のとおりである。)から、右伐採木に関する不法行為上の責任を明確にすることも困難である。
以上によれば、亡三二郎の不法行為上の責任を前提とする控訴人千野に対する請求も爾余の点に触れるまでもなく理由がない。
四、以上のとおり、被控訴人の本訴請求はいずれも失当として棄却を免れず、これと判断を異にする原判決は相当でないからこれを取り消すこととし、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松村利智 裁判長裁判官中池利男、裁判官白川芳澄は転任のため署名押印することができない。裁判官 松村利智)